筑波山で自然学習を!




 年間200万人以上の来訪者でにぎわう筑波山。春秋にはたくさんの学校が遠足でも訪れます。空気の澄んだ晴れた日には太平洋、霞ヶ浦、東京都心部、富士山、日光連山などが望める景色の良さもさることながら、筑波山には自然を学ぶよい材料がそろっています。茨城県自然博物館の協力を得て、筑波山の自然学習のポイントをまとめてみました。


    - 目次 -

LinkIcon筑波山の自然学習マップ
LinkIcon筑波山の成り立ち
LinkIcon昔のマグマの流れが見える!?
LinkIcon巨岩のなぞ
LinkIcon標高上がれば気温も森も変わる
LinkIcon筑波山のブナ
LinkIcon豊かな自然を育む筑波山
LinkIcon筑波山の自然を未来へ

筑波山の自然学習マップ

筑波山の生い立ち

 「西の富士、東の筑波」と並び称される二つの山ですが、生い立ちはまったくちがいます。富士山が火山の噴火で形作られた山であるのに対し、筑波山は火山ではないのです。その証拠に、火山ならよく見られる溶岩や、噴火時に噴出して厚く降り積もっている軽石などが、筑波山には見あたりません。筑波山は、①地下深いところにできたマグマだまりが冷え、固まって斑れい岩となり(約7500万年前、恐竜のいた時代です!)、そのあと、②別のマグマが上がってきて斑れい岩を囲むように花崗岩が固まりました(約6000万年前、恐竜絶滅後です)。その後、③固まった岩石のある地層がゆっくりと隆起し地表にあらわれ、長い時間をかけて雨や風で侵食を受け、硬くて風化に強い斑れい岩と、その下に花崗岩が残って今の筑波山を形作ったのです(下図)。長い歴史がある筑波山の生い立ち、その時間の長さをぜひ感じて下さい。

① 約7500万年前、地下でマグマが固まる。

② 約6000万年前、花崗岩質の別のマグマが、斑れい岩を囲む。

③ マグマの固まりは、ゆっくりと地表に押し上げられ、長い時間をかけて侵食される。

④ 硬くて風化に強い斑れい岩が残って、現在の筑波山を形作った


筑波山ができるまで(資料提供:小池渉氏)

昔のマグマの流れが見える!?

 自然研究路にある立身石の展望台では、足元の岩にくねくね曲がるすじ状の模様が見られます(マップA)。これはマグマが冷えて固まるときに外からの力が加わって鉱物の層がゆがんだものです。また、男体山頂では、層状の縞模様がよくわかります。これはマグマがゆっくり冷えた時に鉱物の比重の違いにより堆積構造が生じたもので、マグマが冷えて固まったときの流れがわかります。男体山頂では、さらに角閃石の大きな結晶もよく観察できます(B)。女体山山頂には、斑れい岩の中でも白っぽい斜長石を多く含む斜長岩があり、これは月の高地をつくっている岩とよく似ているそうです(C)。女体山は男体山に比べて岩石(斑れい岩)が白っぽいのですが、これは比重の軽い斜長石などの白い部分が女体山側に来たことによります。一説に白っぽい方を女、黒っぽい方を男の山と名づけたとも言われます。筑波山は、地学的にみた日本の貴重な自然資源を選定した「日本の地質百選」にも選ばれています。

巨岩のなぞ

 おたつ石コースの登山口を登りはじめて振り返ると、なだらかな裾野が見渡せます。つつじヶ丘から下は風化しやすい花崗岩と土石流などでたまった堆積物でできているからです。高い木のない場所は、かつてカヤ場としてススキの草原が維持されていた場所です(D)。樹林帯に入りさらに登ると、険しくなってごつごつとした巨岩が連続して現れるようになります。弁慶七戻り、出船入船など名前のついた奇岩が目を引きます(E)。これらは、風化に強い斑れい岩です。斑れい岩の岩体には、地下から隆起したときに、押し上げる力などで大きな割れ目が生じ、このような割れ目に沿って崩れたときに取り残されたり、途中で引っかかったりした岩が、奇岩となっています。




標高上がれば気温も森も変わる

 一般に、標高が100m高くなると気温は0.6℃下がるといわれています。筑波山の山頂付近ではふもとより5℃ほど気温が低くなります。筑波山の南面は筑波山神社の境内林として保護されてきたので、自然の森林がよく残されており、気温の変化によって自然林が変化する様子が観察できます。標高300mの筑波山神社拝殿付近では暖かい地域に生育する常緑のスダジイ林がみられます(F)。登山道を登るとアカガシやモミの林になります(G)。標高700mくらいから上は落葉のブナ林に変わります(H)。白雲橋コースを歩くと、その変化がよくわかります。スギの大木も見られますが、これは古くに植えられたもので、また、山裾にはかつて薪炭林として利用されていたコナラなどの雑木林やアカマツ林があります。  (右図をクリックすると拡大表示されます→)


筑波山のブナ



 ブナは日本の山地帯を代表する樹木です。冷涼な気候に生育するブナは、今よりも気温が低かった1万2千年前の日本列島で広く分布を広げており、関東の低地部でも生育していました。その後、気温が上昇し、ブナは北方や山の高いところに追いやられ、筑波山では山頂部分にかろうじて残ったのです。このようにして隔離されたブナは、その後の長い歴史を経て、独自の遺伝子を持つようになったと考えられます。世界遺産に選定された白神山地のブナ林が有名ですが、白神のブナと筑波山のブナでは遺伝子タイプが違うことが知られています。実際、東北地方や日本海側の多雪地帯に生育するブナと、太平洋側の山々に飛び地的に分布するブナでは、葉の形態も違っています。筑波山のブナは、太平洋側のブナに特徴的な葉の小さい形態をしていて、別名コハブナ(小葉ブナ)とも呼ばれます。遺伝子の詳しい解析が進むにつれ、筑波山のブナは紀伊半島の大台ケ原のブナと遺伝的に近いこともわかってきました。日本列島の地史を解明する上で、貴重な資料となるかもしれません。ブナ広場(I)、ブナ平(J)でブナをよく観察して下さい。





豊かな自然を育む筑波山

 筑波山には茨城県でみられる約半数の種の植物が生育していて、ここを北限・南限とする植物もあります。首都圏に近くて豊かな自然が残されている場所ということで、古くから多くの研究者が訪れ、筑波山で発見された植物もあります。この豊富な植物をエサやすみかとする昆虫、またその昆虫をエサとする野鳥など多くの動物が生息しています。豊かな森は毎年たくさんの落ち葉を供給し、地表にふかふかの土の層をつくります。山に降った雨はこの土の層にしみこんで蓄えられ、きれいな沢水となって出てきます。暑い日照りの日が続いても沢水が涸れないのは大きな森があるからです。この沢水はふもとに下り川となって、やがて霞ヶ浦へと到達します。筑波山の深い森は、霞ヶ浦の水源のひとつであり、茨城県南地域の人々が使用する水道水の源となっているのです。



筑波山の自然を未来へ

豊かな自然が息づく筑波山ですが、最近、山頂付近でブナの大木が枯れるなどの変化が見られます。涼しい気候に生育するブナは、温暖化の影響を受けやすいと考えられ、温暖化の進行によってブナやブナ林の自然が失われてしまうのではと心配されています。平成20年度から3年間をかけて、茨城県自然博物館が中心になって、筑波山のブナ全木の個体調査が行われており、つくば環境フォーラムでも参加しています。調査結果は、温暖化の影響をモニタリングする基礎資料として注目されています。筑波山の自然に関心を持って見守ることは、私たち人間の活動が自然に与える影響を考えるきっかけとなるでしょう。2010年の国際生物多様性年を契機として、多様な生物がいる豊かな自然の恩典を世界中の人々、次世代の子どもたちが享受できるような保全を進めることが地球規模の課題となっています。自然の豊かさが私たちの暮らしも豊かにしていることを感じ、考えていきましょう。